富山ろうさい病院

ろうさいブログ

新病院で診療をいたします。

2016.11.07

当院は昭和33年に開院しました。当時は「野に白鳥が舞い降りた」と表現されたような近代的な白亜の建物であったそうです。そして、当院は黒四ダム建設のけが人を治療する病院としてスタートしました。病院のグランドにヘリコプターが着陸しました。富山県で最初にヘリポートを持った富山県東部の中核病院が富山労災病院であります。当院のルーツであります勤労者と地域住民のための高度な救急医療を原点として、さまざまな疾病に対処するべく診療してまいりました。この間、2度の増改築をいたしましたが、最初の建築から60年近くたった今、老朽化による影響が出始めました。
当院の最初の建築と同じ年の昭和33年には「甲子園球場における魚津高等学校の蜃気楼旋風」と「東京タワーの開業」があります。東京タワーのほうは「スカイツリー」というスマートで高機能の後継者ができました。そして、その機能を十二分に発揮しています。当院はそれに遅れること数年、スカイツリーほどではありませんが、ここにスマートで近代的な機能性の高い病院ができました。これもひとえに皆様のおかげであり、感謝するとともに、今後の診療に対する責任を痛感しています。

当院の今後の活動の主な目標は2つです。「安全で安心な最良の医療の実施」と「当院に入った患者さんに元気になって帰宅してもらう」という2点です。安心安全については、そのシンボルとして、地震に強い全館免震構造を採用しました。富山県東部では初めてであります。富山県における今後30年間の大地震の確率は6%未満と言われています。万一に備え、大切な資金を安全のために優先して使う。見えないところでも安全・安心に配慮する、という意識を常に職員に与え続けると考えます。

元気に帰ってもらうために、各病棟を機能別に高度急性期、急性期、一般病棟、と分けます。それぞれの機能別に看護師を傾斜配置し、研修して、それぞれの病棟の機能を十分に果たすようにします。早期からのリハビリ、ADLの訓練、体力の維持・回復を切れ目なく実施できるようにします。
そして、この新病院を十分生かすための人材確保、臨床、研修、教育、そして情報発信にも力を注ぎたいと考えています。今後とも、ご指導、ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

追:新病院はできましたが、まだ計画は完成しておりません。現在建っている古い構造物すべてを撤去して、駐車場などの外構を整備します。平成30年2月の完成を目指して第3期工事がこれから始まります。これらすべてが完成する間の十分な駐車場の確保が困難でありました。この間皆様にはご迷惑をおかけしますが。ご理解とご協力をお願い申し上げます。

新病棟