富山ろうさい病院

ろうさいブログ

病院という場所

2015.10.05

今年の6月、高校時代の仲間のひとりが亡くなった。がんだった。
社会人になりそれぞれの家族を持ってからは入院とか葬式とか友人の配偶者の死とかの不幸な状況下でしか会わなくなった。
そして、まず友人との再会の場となるのは入院先の病院である。
今年亡くなったあいつと何十年ぶりに会ったのはやはり地元の病院のデイルームだった。
見舞いに行った時は既にがんの末期だと聞いていた。余命何カ月かだということも。
病院のデイルームには病気の本人も含めて高校の同期5人の顔がそろった。さながらミニ同級会である。あまりに久しぶりで、むこうは親しげに話しかけてくるのだけれど「こいつはいったい誰だろう」としばらく気づかない程に変わり果てたヤツもいたけれど。
このデイルームでの再会が今年の3月のことである。そして6月になり別の友人から「もう長くはない」というメールをもらい2度目の面会のため病院へ行った。
病室がわからずナースステーションで聞くと、今はやりなのか当院の看護師も今年度から着始めた襟のないVネックの看護衣(ただし、ウチのワインカラーとサックスブルーのものとはずいぶんイメージの違う脇にラインが入った白地のもの)を着た看護師が親切に部屋まで案内してくれた。
「親切な看護師だな。ウチの看護師もこんな風に面会の方に親切に接してくれているかな」とふと思った次の瞬間、ベッドに横たわって目を閉じたままの友人の姿を目にして絶望感を味わうことになった。
3カ月前は自分で歩いて笑顔でいたのに何故・・・・・・。頭ではわかっていても信じたくない、受け入れたくない。
声をかけても何も反応しない。でも意識はあるらしい。
「からだが重い」それが私の聞いたあいつの最後の言葉になった。
4日後あいつは亡くなった。

亡くなった後に、あいつが入院した初めの頃「友だちに会えてうれしい」と言っていたことをあいつのお姉さんから聞いた。
私もあいつが入院したおかげで昔の友人と会うことができた。
再会の場所は病院であった。
人生の最後の時間を病院で過ごす人はまだ多い。そして、古い友人との再会を病院で果たすことも・・・・・・・・・。

来年の秋、我が富山労災病院の新病院が完成する。平成28年11月診療開始予定である。
もちろん新病院は多くの人が病気を治して帰っていく場所になる。そのために病院職員は全力を尽くす。
しかし、不幸にして病院で最後の時間を過ごさざるを得なくなった患者さんやその家族の方にとっても、ここで過ごせてよかったと思っていただける場所になってほしい。
そんなことを思う9月28日スーパームーンの夜である。
最大に見えるはずの月は、あいにく雲に隠れて見えないのだけれど。

平成27年9月28日 事務局長 武田 裕明